近況

ひとつ前の記事がなんだかちょっとカッコつけすぎな感じで、悲壮感がただよっていて消したい衝動に駆られております。が、その時に必死だった感じが正直に出ておると言えば出ておるので、ひとまずはそのままにしておきます。

 

さて、近況ですが、父が大きな手術をしました。

 

私は、両親とはちょっとだけ離れた場所で暮らしておりまして、検査入院する話は母から聞いていたのですが、そのまま手術になるとは予想してなかったので、私自身が動揺してしまいました。別のお医者さんから意見を聞いて、もっとほかの選択肢を、とかいう状況でなく、父も人工透析というハンデキャップをもっており透析と手術をやれる病院も限られていますので、いまのっているラインに乗ったまま進むべしという状況でした。
いやー、こういうときって、何もできないもんですねー。手術の話を母から聞いたとき、私が最初に母に言った言葉は、「うわー、ほんま、なんもできることないなぁ」でした。

功率は、父の場合は、95パーセントで、ほっとしたのですが(正直50パーセント切ると思ってた)でも、今更にシビアな現実をリアルに突き付けられたことによく泣いてました。シビアな現実っていのは、私にとっては、人はいつかはいなくなる、ということでした。

私も母も弟も現実のいろいろな問題を受け入れられない・受け入れたくない部分をもっており、電話を通じた会話の中で、なんかちょっと現実から乖離している声の感じを見つけたり、自分の気持ちが優先して相手とは全然違う声のスピードとかトーンとかで話すから、まぁ煽らなくていいものを煽ってちょっと家族でもめたんですよ。

ただ、私、途中でそのことに気づいて、いろいろお金やら時間やらをかけて勉強したりしたことを意識的につかえて、それがひょっとしたら延焼しそうだった火事をほんの少し小さくできたかもしれない、ということが私にとっては少し大きなことでした。厳しく言うと、いろいろ投じて勉強してできることは、それぐらいがせいぜいとも言えるのかもしれないです。(別の言い方では、本当に私が望んでいたことは、それができればいいんだ、ということだったのかもしれないです)

 

 父の状況は、外からみたぶんにはだいぶ通常に戻ってきました。

手術終了後に主治医の先生に言われた通り、手術ってのはあくまで第一段階であり、父の体の中ではまだまだ格闘が続いているようで、手術が原因で血糖値が下がりにくくなっていたり(逆に下がりすぎたり)していたり、他にも手術前からの問題とかも続いています。(手術によって血糖値がおかしくなるのは初めて知りました。血糖値の理屈については、調べてみて、人の体ってすさまじいなぁと改めて思いました)

 

色々細かく書くと、気が滅入ってくる感じもしますが、手術終了後からHCUを経て一般病棟に移った翌日ぐらいまでの父の回復の状況というのは、私にとってはびっくりする感じで、今更父の強さのようなものを感じたりもしました。